ケータイ辞書JLogosロゴ 尾倉村(近世)


福岡県>苅田町

 江戸期〜明治22年の村名。豊前国京都【みやこ】郡のうち。小倉藩領。新津手永に属す。村高は,「正保国絵図」460石余,「元禄国絵図」461石余,「天保郷帳」673石余,「旧高旧領」677石余。元和8年の家数31・人数61(男27・女34),牛9・馬5,坊主がいた(人畜改帳)。享保飢饉の餓死者108人(開善寺過去帳)。字笹原には文安2年宇佐神宮の分霊を勧請したと伝えられる小倉八幡神社,字出口には浄土宗西山派善導寺がある。なお天明年間の寺院聚録によると観音寺があったという。明治3年の戸数49・人口239(男122・女117)。同18年の地積は田49町余・畑13町余・宅地2町余(京都郡誌)。同22年苅田【かんだ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7438991
最終更新日:2009-03-01




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