ケータイ辞書JLogosロゴ 堅島荘(中世)


福岡県>苅田町

 南北朝期〜室町期に見える荘園名。豊前国京都【みやこ】郡のうち。堅島村ともいう。暦応3年5月堅島村浄土院に,沙弥朝阿が平春時ら一族与党の菩提を弔うため梵鐘を奉納した(浄智寺鐘銘/日本古鐘銘集成)。この梵鐘は,元和2年山口市朝田の五祖五宮に買い取られ,現在は鎌倉の浄智寺にある。大工沙弥円覚の鋳造したもので,豊前小倉鋳物師のつくる梵鐘の先駆的様式を示しているといわれている。この後,堅島村は足利尊氏により大宰府の安楽寺天満宮に,遍智院真言堂の長日護摩供料所として寄進され堅島荘となったことが観応3年の安楽寺領注進状に見える(太宰府天満宮文書/県史資料7・大日料6-17)。下って京都北野神社の康正元年11月19日付引付に,北野宮寺領として「片島預所職」とあるが(北野神社引付3),北野社との関係は明らかでない。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7439203
最終更新日:2009-03-01




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