ケータイ辞書JLogosロゴ 片原町(近世〜近代)


福岡県>柳川市

江戸期〜現在の町名「かたわらまち」ともいう江戸期は柳川城下の1町,本町組に属す「柳河明証図会」に,「辻門外,東西の通り南は川にして片側の町なり坂巻次郎右衛門町年寄なり今,年行司と云」とある享保年間の絵図には,「片原町道幅3間2尺5寸,43間5尺6寸」,瑞松院の「門前29間2尺8寸」とあり,年行司内右衛門の名が見える当町通りに続く門前通りは瑞松院に通じる東西の通りである浄土宗瑞松院は天正年間の創建で,はじめ本覚寺と称したが,寛永元年藩主立花宗茂の後妻於禰々(瑞松院殿)が江戸で死去し,その遺髪が当寺に葬られて以来,寺号を瑞松院と改称した文久2年,当町出身の平の川が大坂相撲の大関となる明治6年宗元町を合併同11年の耕宅地3反余,戸数26・人口108(県史資料2)同22年柳河町,昭和26年柳川町,同27年からは柳川市に所属同28年市営住宅片原町団地(8戸)竣工同35年の世帯数30・人口129
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7439223
最終更新日:2009-03-01




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