ケータイ辞書JLogosロゴ 蟹町(近世〜近代)


福岡県>柳川市

江戸期〜現在の町名江戸期は柳川城下の1町沖端川左岸に位置する東に上町,西に糀屋町,南に西魚屋町がある「柳河明証図会」では,町名の由来は,「往古ハ此辺まて海辺にて蟹多きゆへの名といふ」とあり,また「南北の通り,東の横町・上町へ続く,西の通りを明経寺道と云,麹屋町桂林寺へ行道なり」と記し,さらに,「毎年七月九日帷子市ありて,他国より売買に来りあつまりて大きに賑ひけるが,近年旅商を禁せらる」とあり,帷子市が瀬高町に移るまでは当地が繁栄していたことをうかがわせる明治6年浦(裏)町を編入(旧柳河藩誌)同11年の耕宅地1町,戸数66・人口306(県史資料2)同22年柳河町,昭和26年柳川町,同27年からは柳川市に所属同55年の世帯数52・人口196
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7439294
最終更新日:2009-03-01




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