ケータイ辞書JLogosロゴ 上大隈村(近世)


福岡県>宮田町

 江戸期〜明治22年の村名。筑前国鞍手郡のうち。天正年間の「指出前之帳」では大隈村と見え,江戸前期に上大隈・下大隈の2か村に分村して成立した。福岡藩領。ただし,元和9年〜延宝5年および元禄元年〜享保5年は直方【のおがた】藩(東連寺藩)領。村高は,「元禄国絵図」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに322石余。天保10年の人数は男69・女59の合計128(鞍手郡誌)。鎮守は厳島神社。江戸後期には石炭産出が急増し,天保9年30万斤,弘化5年5,500万斤(宮田町誌)。明治9年の戸数37・人口190,田19町余・畑7町余・山林16町余,牛22・馬4,上荷船1,石炭鉱場2か所があり,産物は生蝋3,000斤・石炭30万斤・石殻5,000俵など(地理全誌)。同22年宮田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7439388
最終更新日:2009-03-01




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