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川底村(近世) 江戸期~明治22年の村名 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
川底村(近世) 江戸期の村名豊後国玖珠【くす】郡帆足【ほあし】郷のうち森藩領日出生【ひじう】川左岸に位置する村高は「正保郷帳」72石余,うち田46石余・畑25石余,村内に柴山・茅山がある,「見稲簿」では日出生村の枝郷と見え109石余「豊後国志」には日出生村の枝村として川底の名が見える「天保郷帳」では日出生村1,355石余に含まれる現在の玖珠郡玖珠町大字日出生のうち... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
川底村(近世) 江戸期の村名豊後国玖珠【くす】郡古後【こご】郷のうち森藩領玖珠川支流太田川左岸に位置する村高は「正保郷帳」74石余,うち田57石余・畑16石余,村内に茅山がある,「見稲簿」では太田村の枝郷と見え198石余「豊後国志」には太田村の枝村として川底の名が見える「天保郷帳」では太田村799石余に含まれる現在の玖珠郡玖珠町大字太田のうち... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」