ケータイ辞書JLogosロゴ 木月村(近世)


福岡県>鞍手町

 江戸期〜明治22年の村名。鞍手郡のうち。福岡藩領。文化9年には植木触に属す。枝郷に上木月村があり(元禄郷帳・元禄国絵図・天保郷帳),のち分村した。村高は,「慶長国絵図」988石余,「正保郷帳」758石余(田432石余・畠325石余),「元禄国絵図」957石余,ほかに枝郷上木月村571石余,「天保郷帳」991石余,ほかに枝郷上木月村590石余,「旧高旧領」957石余。古くは東を遠賀川が流れていたが,慶長6年黒田長政の時,中間村と垣生村の間を掘り切り川筋を変更したため,旧川筋は開削されて深田となり,路田と呼ばれている。また南西の蛤殻圃の地中より蛤殻がとれ,焼いて蛤粉として利用するという(続風土記)。浄土真宗西派松月山照安寺は慶長年間に俗名須藤行重の開基。八剣大明神社(剣神社)は木月村・上木月村の産土神。明治初期には,集落は本村・松隈・浦ノ谷に分かれ,戸数164・人口866,田64町・畑45町・大縄田畑3町,池10,牛65・馬52,石炭礦場3,物産は石炭,正租は米・大豆462石余,雑税は米・大豆13石余と金9円余,蛤殻圃,水牢跡,茶屋口,武谷刑部直繁墓,古墳2がある(地理全誌)。明治22年古月村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7439738
最終更新日:2009-03-01




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