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福岡県>三橋町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ川北村,明治40年三橋村,昭和27年からは三橋町の大字。明治22年の戸数51・人口258,地積は田36町など計45町。大正14年地内を東西に走る郡道が県道となる。農業地域で米麦のほか藺草が栽培された。日清・日露戦争後には叺が生産され軍需品となった。また昭和初期から第2次大戦にかけて莚生産が盛んとなり出荷も個人から共同出荷方式に代わった。莚機も機械化して久保式から横山式,平田式,隈式(正行)と改善され,年間生産18万枚に達し三橋村一を誇る産物となった。昭和12年藁工品倉庫が完成し,その生産は昭和50年まで続いた。昭和57年沖端川二ツ河小学校前に新橋が架橋。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7439749
最終更新日:2009-03-01




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