ケータイ辞書JLogosロゴ 神崎村(近世)


福岡県>金田町

 江戸期〜明治22年の村名。田川郡のうち。小倉藩領。上野【あがの】手永に属す。村高は,「正保国絵図」510石余,「元禄国絵図」588石余,「天保郷帳」801石余,「旧高旧領」747石余。元和8年の家数88・人数188,牛16・馬13(人畜改帳)。嘉永5年の家数77・人数338,牛37・馬4(方城町史)。享保飢饉の餓死者100人(開善寺過去帳)。文化年間当村に多数の石間歩(炭坑)があり,天保9年にも焚石(石炭)を当村から舟積みした記録が残る(六角文書/金田町史)。明治初年の物産は米808石・麦164石・櫨5,500斤・柴茶800斤・石炭15万斤(豊前村誌)。社寺は飯土井神社,円大山常立寺。明治17年の戸数87・人口513。同20年南木【みなぎ】村を合併。同22年神田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7440081
最終更新日:2009-03-01




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