ケータイ辞書JLogosロゴ 孔大寺(中世)


福岡県>玄海町

鎌倉期〜戦国期に見える地名筑前国宗像【むなかた】郡のうち鎌倉末期に成立をした宗像大菩薩縁起に,「孔大寺権現」「孔大寺御山社」とあるまた,地名の由来について「彼山頂仁有大奈留穴,仍号穴大寺」とある(神道大系神社編宗像)建武元年3月20日の雑訴決断所牒では,「上八村村山田・光岡・内浦・山田等者,織幡・許斐・孔大寺権現長日御供已下御敷地等,重色無双之地也」とある(宗像文書/南北朝遺18)次に,正平23年宗像宮年中行事,応安神事次第にも「孔大寺権現」がみえ,応安神事次第の奥書には「孔大寺者,昔九州之沙汰,今者始自伝教大師御願,敢無退転者也」とある(神道大系神社編宗像)下って,永禄4年閏3月吉日,宗像氏貞は孔大寺権現に「内浦郷三十町」を寄進している(宗像神社文書/宗像郡誌中巻)また,天正13年2月吉日の宗像宮僧座着座次第には「孔大寺護灯」があるほか,同年2月4日の孔大寺会座々頭番事が残されている(嶺家文書/同前)なお,天正15年より筑前を支配した小早川隆景は,年未詳2月22日に「孔大寺御祭礼之御久(供)米」等の到来を祝着と書状を宗像社家中に送っている(同前)現在,孔大寺山の山腹の玄海町池田字孔大寺に比定され,地内に孔大寺神社がある
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7440218
最終更新日:2009-03-01




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