ケータイ辞書JLogosロゴ 小鳥掛村(近世)


福岡県>遠賀町

江戸期〜明治初年の村名筑前国遠賀【おんが】郡(寛文4年御牧【みまき】郡が改称)のうち遠賀平野に突き出た丘陵の南麓に位置する地名の由来は,大宰府官道が崖上の尾根を通るという意味の尾通崖【おとおりがけ】が転訛したものという(遠賀町地名考)鬼津村から慶長年間に分村したといい(同前),以後は同村の枝郷として村名が見える(元禄郷帳・天保郷帳)福岡藩領村高は,「元禄国絵図」179石,「天保郷帳」286石余,「旧高旧領」262石余村内の地主大明神社は,かつてこの地域の産土神であった正徳3年大地震により多数の犠牲者がでたため,翌年青面大金剛が建立される明和5年武士某父子による聖観音信仰に由来する涼照院がある(遠賀村誌)茶屋ケ下という小名は,古代官道の茶屋跡に由来するという(同前)明治初年に鬼津村の一部となるなお,当時の田25町余・畑1町余,正租は米・大豆95石余,雑税は米・大豆2石余と金24銭余(地理全誌)
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7440233
最終更新日:2009-03-01




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