ケータイ辞書JLogosロゴ 島津村(近世)


福岡県>遠賀町

 江戸期〜明治22年の村名。筑前国遠賀郡(寛文4年御牧郡が改称)のうち。福岡藩領。虫生津【むしようづ】触に属す。村高は,「慶長国絵図」881石余,「正保郷帳」814石余(田760石余・畑54石余),「元禄国絵図」814石余,「天保郷帳」895石余,「旧高旧領」814石余。枝郷猪熊村は,慶長8年遠賀川流路変更により分村した(水巻町誌・遠賀郡誌)。両村間の八丁縄手に幅8間の新川が開削され,延享元年に5間ほど拡幅し,新土手が築かれた(水巻町誌)。集落は峰ケ浦・中屋敷・坪ノ内・渋屋。渋屋は遠賀川の浮州にあった。地内に池が点在し,なかでも笠松の池は蟒(うわばみ)が住んでいたという伝説から蟒池と呼ばれた(続風土記付録・遠賀町地名考)。橋梁は5か所。鎮守は伊豆大明神社で,求婚のため古賀村から来村して殺害された足谷氏の霊を祀る。このため当村と古賀村との間では婚姻が結ばれなかったという。他に慈眼庵があった。旧遠賀川流路跡と思われる横川・砂ケ原・川成・江道里・道官などの地名がある(遠賀町地名考)。明治初期の戸数54・人口315(男162・女153),田59町余・畑9町余・大縄田畑16町・山林1反,牛32・馬20,川漁船4,物産は川魚,正租は米・大豆126石余,雑税は米・大豆3石余と金3円余(地理全誌)。明治22年島門村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7440553
最終更新日:2009-03-01




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