ケータイ辞書JLogosロゴ 芹田村(中世)


福岡県>宮田町

 南北朝期〜戦国期に見える村名。筑前国鞍手郡のうち。文和2年3月7日,宗像氏俊は足利義詮から鞍手郡芹田・稲光両村を勲功の賞として宛行われており,至徳2年2月9日には今川了俊が「此正文披見了」と同文書に裏書を加えている(宗像神社文書/南北朝遺3532)。室町期に入って,文明10年9月25日,杉三右衛門尉武重は大内政弘から,「筑前国鞍手郡芹田八町六段大地〈芹田跡〉」を宛行われている。鞍手郡芹田が大内氏支配下にあったこと,また,これにより以前は芹田氏所領があったこともわかる(正任記/大日料8-10)。この後,明応9年4月5日に宗像氏佐が書写した宗像社領注文には,芹田村50町があり,宗像社領の一部を形成していた(余瀬文書/大分県史料25)。天正年間の「指出前之帳」によれば,芹田村の地積・分米は田12町余・215石余,畠4反余・2石余,合計13町余・218石余とある。また,文禄4年12月1日筑前鞍手宗像御牧三郡内知行方目録帳には,「せりだ村」があり218石4斗7升とある(小早川家文書1/大日古)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7441046
最終更新日:2009-03-01




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