ケータイ辞書JLogosロゴ 高倉村(中世)


福岡県>岡垣町

 戦国期に見える村名。筑前国御牧【みまき】郡(遠賀【おんが】郡)のうち。天文22年8月の日付をもつ宗像御代寺社武家知行帳によれば,宗像大宮司支配下の諸寺庵として「三町一反〈高倉村〉高蔵宮分六反同惣持院」が,また天正13年3月の宗像大宮司分限帳にも大宮司支配の56か寺のうちに「参町弐反〈遠賀郡高倉村〉高蔵宮司分 六反 惣持院 弐町丸見郷上俵也〈遠賀郡高倉村〉竜生寺」と見えている(神道大系神社編宗像)。また「宗像軍記」の伝えるところによれば,大宮司氏男の没後,氏貞の家督相続をめぐって宗像氏の家臣の間に不統一をきたし,陶晴賢の介入もあって,氏男の妻子が殺害された。その間,後室を「遠賀ノ高倉ニ移シ」かくまおうとする動きもあったが,天文23年に結局は殺されるところとなったという(続群23上)。なお,天正年間の「指出前之帳」によれば,当村は吉木村の枝村として見える。慶長5年の年紀をもつ八剣大明神鐘銘に「大日本国西海道筑前州垣崎庄高倉八剣大明神」とみえている(日本古鐘銘集成)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7441174
最終更新日:2009-03-01




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