ケータイ辞書JLogosロゴ 田島(中世)


福岡県>玄海町

 平安末期から見える地名。筑前国宗像【むなかた】郡のうち。保延4年10月20日の日付をもつ鎮国寺経筒銘に「鎮西筑前国宗像宮内字田島住人」とある(平遺金石文編250)。下って,鎌倉末期に成立した宗像大菩薩縁起に「第三神者,示居於海辺,今号田島是也」とある(神道大系神社編宗像)。田島には,宗像神社の辺津宮があり,第三神がここに鎮座したことを示す記事であろう。当地には宗像大宮司家の館跡がある。室町期の文正2年4月5日の筥崎三河入道道俊・対馬太郎左衛門尉為信連署状に「当宮領田島村内塩浜四町并平井大明神免田三町」と見える(防長寺社証文12)。当宮とは氷上山興隆寺(山口県三隅町)のことで,地内に7町の氷上山領が存在していた。戦国期に入って,天文22年の宗像知行帳には,宗像氏の御家人として田島衆34人の名が見え,天正13年の宗像大宮司分限帳にも田島衆33人の名が見えている(宗像郡誌下巻)。なお,天正年間の「指出前之帳」によれば,地積・分米は田73町余・1,173石余,畠29町余・152石余,合計102町余・1,325石余。また,天正2年の田島小路屋敷帳には,「福田」「北小路」「中小路」「土橋」「片興」「大谷」「山下」「上殿」「津瀬」の小地名が見える(宗像文書/宗像郡誌下巻)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7441344
最終更新日:2009-03-01




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