ケータイ辞書JLogosロゴ 垂水村(近世)


福岡県>新吉富村

 江戸期〜明治22年の村名。上毛郡のうち。はじめ小倉藩領,寛永9年からは中津藩領。中村組に属す。享保年間に上垂水村と下垂水村に分かれ,明治5年に再び一村となるというが(築上郡志),江戸期の郷帳類では垂水村一村として記載されている。村高は,「正保国絵図」590石余,「元禄国絵図」634石余,「天保郷帳」835石余,「旧高旧領」では上垂水村428石余・下垂水村427石余。元和8年当時は御給人方の村とされ,家数15・人数29,牛3・馬3(人畜改帳)。安永9年頃には当村に大庄屋が置かれ,中村組は垂水組と称していた。八坂神社がある。明治6年牛山小学校設置。同21年の戸数178・人口909,反別100町6反(県史資料3)。同22年南吉富村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7441473
最終更新日:2009-03-01




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