ケータイ辞書JLogosロゴ 津屋崎(中世)


福岡県>津屋崎町

 室町期から見える地名。筑前国宗像【むなかた】郡のうち。応永神事次第の大勝浦年毛社祭の中に「懸魚八湊浦 今久家 勝浦 渡 津屋崎 同久家」とある(神道大系神社編宗像)。下って,天正6年6月1日の第一宮御宝殿御棟上之事置札の「浦巡人夫之事」では,「任社例,小開・湊・今空閑・勝浦浜共ニ三ケ浦三人三日宛勤之」とあるほか,「御領中人夫之事」では「唐坊,津屋崎,宮地郷」が一手に編成されており,さらに「御造営中木屋肴調之事」の中にも津屋崎が見え,「二日ニ一度送之」とされている(同前)。湊・勝浦などと一緒に登場していることから,宗像神社本殿造営にあたり浦としての役割が大きかったと思われる。なお,天正年間の「指出前之帳」によれば,「津屋崎」の地積・分米は畠のみで2町余・10石余。文禄4年の筑前鞍手宗像御牧三郡内知行方目録帳では,鞍手郡津屋崎村として27石7斗2升とする(小早川家文書1/大日古)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7441684
最終更新日:2009-03-01




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