ケータイ辞書JLogosロゴ 奴山郷(中世)


福岡県>津屋崎町

 鎌倉期〜戦国期に見える郷名。筑前国宗像【むなかた】郡のうち。永仁3年4月10日,僧性円が子息の香童丸にあてた所領譲状に「奴山大石村田畠等〈小問丸名〉」が見える(宗像神社文書/鎌遺18799)。また,乾元2年6月の宗像社領田代并立用以下目録の中に,「奴山」とある(応永社家文書総目録/宗像郡誌中巻)。次に応永神事次第の永享9年3月7日の追加部分中に,「白馬出郷之次第」には,「奴山郷」とあり,宗像社に神事の馬を出している(神道大系神社編宗像)。下って,戦国期の永禄4年6月1日宗像氏貞が宗像神社の「諸社之御祭礼立用米」に寄進した100町の田地の中に「奴山郷拾五町〈勝浦村加之〉」とある(宗像神社文書/宗像郡誌中巻)。また天正6年6月1日の第一宮御宝殿御棟上之事置札の,「御領中人夫之事」では勝浦村,在自郷とともに一手とされている(神道大系神社編宗像)。なお,天正年間の「指出前之帳」によれば,当村の地積・分米は田87町余・873石余,畠88町余・464石余,合計175町余・1,339石余。文禄4年の筑前鞍手宗像御牧三郡内知行方目録帳では,宗像郡ぬやま村として1,339石9斗6升とある(小早川家文書1/大日古)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7442361
最終更新日:2009-03-01




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