ケータイ辞書JLogosロゴ 米多比(中世)


福岡県>古賀市

 室町期に見える地名。筑前国粕屋郡のうち。応永5年恵通寺の陣で,大内義弘は米多比を宗像氏経に預け置いた。のち,同12年この地の在地領主米多比茂時が味方に参じたことにより,同氏に返還されたと思われ,翌13年には山警固に関して宗像氏と米多比氏らとの間に契約がかわされている(宗像社家文書総目録/宗像郡誌中)。のち,米多比氏は立花城督配下として,大友氏・戸次(立花)氏に従い,江戸期には柳川立花藩士となった。上米多比の南東に戦国期の米多比城跡がある(古賀町誌)。天正年間の「指出前之帳」には「米多比村」(舎利蔵村を含む)と見え,田31町余・分米506石余,畠19町余・分大豆118石余。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7442365
最終更新日:2009-03-01




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