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「宮田(中世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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宮田(中世) 戦国期に見える地名 |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
宮田(中世) 戦国期に見える地名相模国三浦郡のうち「役帳」に,小田原北条氏の御馬廻衆桑原弥七郎の所領役高として「廿貫文 三浦郡 宮田之内」と見えるなお桑原氏は伊豆21家の1つであったまた永禄10年かと推定される卯の9月25日北条家朱印状写には「上宮田」とあり(相文/県史資3下‐7563),江戸期には上宮田村・下宮田村が見える現在の三浦市上宮田・下宮田を含む地域に比定される... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
宮田(中世) 戦国期に見える地名文明17年4月21日の島津家宛行状によれば,田代刑部少輔清光に満家院東俣名厚地之村の地に知行地が与えられている(田代文書)その中に「浮免 五反大宮田 五反桑原田 一反うてん 四段こは田 三反長田 一反念仏田 六反二十上之坊分 六反谷口坊 六反西谷坊」と見える郡山町厚地の花尾神社付近に字宮田が残る... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
宮田(中世) 室町期に見える地名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
宮田(中世) 戦国期にみえる地名石見国邑智【おおち】郡のうちか天文12年9月7日付「横道助十郎知行坪付覚」(林文書/新県史史料編1)に三原・渡りなどと並んで「拾五貫文 宮田」とみえる比定地は未詳... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」