ケータイ辞書JLogosロゴ 山崎村(近世)


福岡県>小竹町

 江戸期の村名。鞍手郡のうち。慶長5年開村の説がある。新多【にいだ】村の枝郷(続風土記・元禄郷帳・天保郷帳)。ただし,古くは新多村の枝村であったが,宝永6年勝野村・新山崎村の村分けの際に新山崎村の枝村となり(林文書),そののち再び新多村の枝村となったともいう。福岡藩領。ただし,元和9年〜延宝5年および元禄元年〜享保5年は直方【のおがた】藩(東連寺藩)領。村高は,「天保郷帳」158石余。文政4年の戸数14(新山崎村明細帳)。稲荷神社・毘沙門堂・観音堂があった。また,城主井上某と伝えられる古城址(続風土記)や,徳力山神宮寺跡という廃寺址があった。「旧高旧領」には当村名が見えず,幕末・維新期までに再び新山崎村の一部となった。現在の小竹町新山崎の字山崎谷の地にあたる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7443931
最終更新日:2009-03-01




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