ケータイ辞書JLogosロゴ 川内野村(近世)


佐賀県>伊万里市

 江戸期〜明治22年の村名。松浦郡のうち。河内野村とも書く。佐賀本藩領と小城【おぎ】藩領。山代郷に属す。村高は,「正保国絵図」「天明村々目録」ともに141石余,「天保郷帳」では158石余,「旧高旧領」では佐賀本藩領81石余・小城藩領141石余。なお「正保国絵図」に見える山寺村は「宝暦郷村帳」「天明郷村帳」では小村として見え,「山ノ寺,山ノ寺村ニ先祖四代火ヲ不消シテ今ニ有之民家有ル由」と記されている。村高は「正保国絵図」「天明村々目録」「天保郷帳」ともに10石余。安政2年郷村帳では上段古場・山ノ寺・古小場・田代の名が見える。平戸藩領境にある境地蔵には「西尾境数年出入有之,自元禄十三同十六未八月佐嘉領長谷河伊右衛門・平戸宮崎源太兵衛出相,境塚証文絵図取易」との刻文が見られる。辻ノ寺から山ノ寺へ至る途中の文珠原山には高さ5m余の大岩があり「文珠菩薩」と刻まれている。明治4年佐賀県と小城県,同年伊万里【いまり】県,同5年佐賀県,同9年三潴【みずま】県・長崎県を経て,同16年佐賀県に所属。「明治7年取調帳」「郷村区別帳」ともに里村の枝村として見える。「明治11年戸口帳」によれば1村として見え,戸数137・人口503。明治11年西松浦郡に属し,同22年東山代村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7445033
最終更新日:2009-03-01




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