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- 蓮池町(近世~近代)とは
「蓮池町(近世~近代)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
- 蓮池町(近世~近代)
江戸期~昭和36年の町名江戸期は佐賀城下の1町寛政元年の幕府巡見使への報告に見える城下三十三町の1つ佐賀城の東北に位置する長崎街道が東西に通り,街道に沿って家並...
[最終更新日:2009-03-01/JLogosid:7446320]
関連項目:
赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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蓮池町(近世~近代) 江戸期~昭和55年の町名江戸期は水戸城下下町の1町明治22年からは水戸市下市のうちで,昭和8年からは水戸市の町名水戸城の東に位置する武家町町名は当地にもと蓮池があったことによるという(水戸の町名)「新編常陸」によれば,中之町の東にあって新町1丁目から北に向かい,浮草町に至る町で,古くは当地付近はすべて沼池で,新町に近い所はほとんど水田や蓮田であったが次第に宅地となったまた寛文6年地内の威徳院は破却され,威徳院のそばにあった蓮池弁天は宝暦年間~明和年間頃羅漢寺に移ったとある寛政9年に20軒の武家屋敷があった(水戸の町名)水戸藩の学者で郡宰小宮山楓軒は当町の住人昭和25年の世帯36・人口159(同前)一部が昭和45年城東3丁目,残部が同55年東桜川となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」