ケータイ辞書JLogosロゴ 宇久島村(近世)


長崎県>宇久町

 江戸期の村名。松浦郡のうち。はじめ五島藩領,寛文元年から一部が旗本五島氏知行(富江領)。正保2年の絵図高と万治2年の今高を記した史料(五島編年史)に宇久島中3,090石余と見えるが,これは島内が五島藩領・旗本五島氏領(富江領)に分割される以前の宇久島全体を指すものである。富江領分知以前の五島御一円之時惣高帳(明暦・万治年間頃か)によれば,宇久中と見え,村高3,879石余の内訳は蔵入地2,617石余(67.48%)・給地976石余(25.1%)・寺社領284石余とある(五島編年史/県史藩政編)。また,ほかに大浜主水知行分として宇久梅ノ木村157石余・宇久靱ノ木村119石余とある(同前)。「元禄郷帳」「天保郷帳」に当村名は見えず,平村・太田江村・木場村・手羅島(寺島)村・飯良村・神浦【こうのうら】村・小浜村の7か村に分かれて記される。しかし,その後もこれらの村々を総称して宇久島村ということもあり,天明8年富江領から清酒醸造米高を幕府に届けた史料のなかに,「肥前国松浦郡五島富江領宇久島村神浦之町人,酒造人久蔵,酒造米高百四十四石」と記されている(富江町郷土誌)。「旧高旧領」では宇久島村2,991石余とあるが(神浦村は別に記載される),これは平村・太田江村・木場村・手羅島村および飯良村の一部(五島藩領分)の5か村を合わせたもので,総称名として一時的に使われたのであろう。なお,上記の5か村は,明治9年合併して平村となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7447469
最終更新日:2009-03-01




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