ケータイ辞書JLogosロゴ 加津佐町(近代)


長崎県>加津佐町

 昭和3年〜現在の南高来郡の自治体名。大字は編成せず。村制時の行政区を継承。町役場を水下津名に置く。世帯数・人口は昭和10年1,956・9,876,同25年2,357・1万2,349,同45年2,273・1万1,296,同55年2,637・1万152。産業別就業人口は,第1次産業昭和35年2,639・同45年1,985・同55年1,487,第2次産業昭和35年255・同45年250・同55年383。昭和3年口之津鉄道(昭和18年からは島原鉄道)南有馬(現原城)〜加津佐間が開通,加津佐駅が終点となった。同16年県営バスが口之津〜小浜間を運行開始,現在県営バスは長崎まで,島鉄バスも長崎・諫早まで運行している。その他県道加津佐停車場山口線・主要地方道口之津雲仙線経由で諏訪池・雲仙方面へのバス運行がある。昭和38年県道が昇格し国道251号となり,同40年前浜海岸線が開通した。加津佐棒踊りは明治38年日露戦争凱旋祝の際,土手・新地地区の出し物だった棒踊りが始まりといわれる。薩摩棒踊りの系統をひくもので,加津佐に滞在していた天草の姫戸町の船大工が伝授したといわれる。その後大正3年第1次大戦凱旋祝の再演以来岩戸町地区に伝承され,現在加津佐を代表する郷土芸能として氏神祭礼などで演じられる。岩戸山は古名を岩殿山といい,観音道場のあった霊地である。山の東側の峰の頂上に標高90mの断崖絶壁の上で10畳敷ほどの平地があり,座禅石と呼ばれ,岩上に大智禅師の石像が安置してある。山の中腹,かつお山と座禅石の岐路に経塔がある。経典を経筒に納めて地下に埋めた所であるが,平安中期から鎌倉期のものであろう。岩戸山南側の中腹,海に面した絶壁に広さ約160m[sup]2[/sup]の大洞穴があり,観世音が祀られ穴観音と呼ばれる。この洞穴に至る途中の森は岩戸山樹叢として昭和3年国天然記念物に指定されている。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7447863
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ