ケータイ辞書JLogosロゴ 国分郷(中世)


長崎県>芦辺町

 南北朝期〜戦国期に見える郷名。壱岐国壱岐郡のうち。「正平神領図」には,国分郷天神の神領として8か村が見える(壱岐史拾遺)。「海東諸国紀」には,壱岐七郷の1つとして「古仇音夫郷」が見え,「源経主之,己丑年,受図書,約歳遣一二舡,書称上松浦塩津留助次郎源経」とあり,また居住者として「源重実,丁丑年,約歳遣一舡,書称上松浦塩津留松林院主源重実」と,「宗殊,己卯年,遣使来朝,書称一岐州上松浦塩津留観音寺宗殊,約歳遣一舡」と記している。「壱岐郷土史」には「塩津留助次郎源経 居城は国分郡城なり,又は塩津留城とも云ふ,一族に松林院源重実・観音寺宗殊などあり,又当田に弦懸城をおく」とあり,応永年間には塩津留一族が,郷内に郡城や鶴翔城を構えて勢力を保持していたという。「永禄田帳」には,「国分」として10町中とあり,17名に分給されている。比定地は,芦辺町の国分地区,中野郷地区,住吉地区を含む地域と推定される(壱岐国史)。現在の芦辺町の国分川迎触・国分本村触・国分東触・国分当田触・中野郷西触・中野郷本村触・中野郷仲触・中野郷東触・住吉山信触・住吉東触・住吉前触・住吉後触を含む地域に比定される。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7448166
最終更新日:2009-03-01




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