ケータイ辞書JLogosロゴ 椙原村(中世)


長崎県>芦辺町

南北朝期に見える村名壱岐【いき】国壱岐郡のうち鎌倉後期,瀬戸浦と椙原村は筑前国筥崎八幡宮の神領となったとみられ,この預所職は弘安の役の勲功の賞として少弐景資に与えられていたと思われるところが弘安8年の岩門合戦で景資は自害し,その所領は没収された翌弘安9年瀬戸浦預所職は薩摩太郎左衛門尉盛房に宛行われたが(比志島文書/鎌遺16130),椙原村預所職については未詳観応2年12月21日の足利直冬御教書に「八幡筥崎宮司雑掌申,神領壱岐島瀬戸・椙原両村事,松浦小豆弥五郎・大島三郎左衛門尉・町田平三以下輩,致押妨狼藉云々」と見え,足利直冬は志佐有に八幡筥崎宮領である瀬戸・椙原両村に対する松浦小豆弥五郎・大島三郎左衛門尉・町田平三などの押妨狼藉を退け,筥崎宮雑掌に下地を沙汰付するよう命じている(田村文書/南北朝遺3291)正慶元年当村には筥崎八幡宮の分霊が箱崎八幡宮に勧請されると,のちに村名も椙原村から箱崎村と改称されたという(壱岐国史)現在は,わずかに芦辺町箱崎本村触に杉ノ原の字名が残る江戸期の箱崎村,現在の芦辺町の箱崎大左右【たいそう】触・箱崎中山触・箱崎谷江触・箱崎釘ノ尾触・箱崎本村触・箱崎諸津触を含む地域に比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7448492
最終更新日:2009-03-01




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