ケータイ辞書JLogosロゴ 長浦(中世)


長崎県>琴海町

 戦国期に見える地名。肥前国彼杵郡のうち。永禄年間と推定される年未詳の4月18日付の有馬仙岩・同義直・同義純連署書状写に「前七日至長浦表手仕之砌,別而被抽粉骨,剰以手火矢,一瀬与介被討伏之由,甚以感悦無極候」とあり,有馬氏は,福田兼次の長浦での働き,殊に一瀬与介を手火矢(鉄砲か)で討ち取ったことを賞している。この事件の詳しい内容や年次は不明であるが,この書状の後段で,「長浦之者共不抜足様ニ,其才覚専一候」とあり,長浦の者たちが有馬に対して不穏な動きを見せていたようである(福田文書/中世九州社会史の研究)。また,年未詳の4月1日付の大村純忠書状写にも「去七日於長浦手,遣勝利之由候」とあるが,先の書状との関係は不明(同前)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7448863
最終更新日:2009-03-01




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