ケータイ辞書JLogosロゴ 赤瀬(中世)


熊本県>宇土市

 南北朝期から見える地名。宇土郡郡浦【こおのうら】荘のうち。建武2年正月日の肥後郡浦庄得用名百姓注文(阿蘇文書/大日古13‐1)に「一人〈あかせの〉いや太郎まろ」と見え,当地の弥太郎丸が得用名を構成する有力百姓の一人であったことが知られる。応永11年10月10日の肥後郡浦庄地検帳(同前)によれば,「一,得用名」のうちに「〈一斗代〉赤瀬一坪二丈中 中太郎跡白瀬上」と条里呼称として見え,以下,赤瀬を冠する里名のもとに,一坪では波戸道,二坪では加綿木河・薗東迫・ハサコ道・迫登道,三坪では馬臥道・馬臥前・麻ツケ道,四坪では薗東迫・馬臥,五坪では小田・波戸前・小田迫・長田・早馬・小田浜,六坪では小田頭・小田・石打仏・麻ツケ・寒水迫などの地名が見える。これらは,現在の赤瀬町の字白瀬・小谷・松山・園迫などに比定できる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7449747
最終更新日:2009-03-01




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