ケータイ辞書JLogosロゴ 跡ケ瀬村(近世)


熊本県>阿蘇町

 江戸期〜明治22年の村名。阿蘇郡のうち。江戸末期までに的石村から分村して成立。熊本藩領。村高は「旧高旧領」150石余。「肥後国誌」では,内牧手永に高166石余と150石の的石村の項がそれぞれ記され,高166石余の的石村の小村に跡ケ瀬が見える。これについては健磐竜命が矢を射たという的石が当村にあることから,当村は的石の記述のある150石の的石村と思われるが,166石余の的石村の項にも天満宮が跡ケ瀬村にあるとするほか,長さ75間,横30間,深さ9尺の跡ケ瀬堤が記されており,両村に関する同書の記事には錯綜があると考えられる。天保9年の村々調によれば,高150石,反別は田畑24町余,竈数23・人数101,牛馬70(史料阿蘇2)。黒川を隔てて小村の尾崎がある。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。同22年尾ケ石村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7449828
最終更新日:2009-03-01




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