ケータイ辞書JLogosロゴ 市野瀬村(近世)


熊本県>菊池市

 江戸期〜明治22年の村名。菊池郡のうち。熊本藩領。慶長9年の検地帳(県立図書館蔵文書)によれば,高39石余うち田16石余・畑22石余。村高は,「寛永郷帳」39石余,「正保郷帳」も同高でうち田16石余・畠22石余,「天保郷帳」40石余,「旧高旧領」59石余。「肥後国誌」によれば河原手永に属し,高57石余,小村に岩下がある。また文化・文政年間の河原手永手鑑によれば,高57石余,請免は35石余,竈数24・人数105,牛13・駄馬29(肥後藩の農村構造)。宝暦14年の田畑地引合改見図帳(県立図書館蔵文書)によれば,下田が全体の49%,下々畑が41%を占めている。鎮守は市野瀬菅原神社。同所に薬師堂もある。「国郡一統志」には大通山聖智禅寺の廃跡と見える。正観寺14世雨渓知暘が開山,10世春波沢が文禄2年に再興と伝え,堂内に文禄2年と貞享5年銘の薬師仏がある(菊池郡市神社誌)。岩下には市野瀬本社から分祀したという菅原神社がある。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。なお明治8年西迫間村との合併を願い出たが,同年中に,両村境界には谷川が流れて地縁もないとして分離を申請している(県市町村合併史)。同22年迫間【はさま】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450010
最終更新日:2009-03-01




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