ケータイ辞書JLogosロゴ 稲佐村(近世)


熊本県>玉東町

 江戸期〜明治22年の村名。玉名郡のうち。熊本藩領。天正16年のものと推定される慶長9年の検地帳(県立図書館蔵文書)では,田11町6反余,畠・屋敷17町9反余で,屋敷筆数23筆,分米379石9斗余。村高は,「寛永郷帳」379石余,「正保郷帳」も同高でうち田268石余・畠111石余,「天保郷帳」388石余。「旧高旧領」385石余。江戸末期までに山口村を分村。「肥後国誌」では内田手永に属し,高380石余,上宮権現・熊野宮などや禅宗立福寺跡があり,ほかに当村のうちとして山口村が別記される。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田23町余・畑18町余,戸数67・人数365,牛5・馬35,水車1,物産は穀類のほか芋・甘藷・蘿蔔・梨子・柿・櫨実・楮皮・石灰など,民業は農業54戸・大工職2戸・水車職1戸・洗湯職1戸・旅籠屋1戸・質屋3戸など。同22年木葉村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450078
最終更新日:2009-03-01




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