ケータイ辞書JLogosロゴ 石原別符(中世)


熊本県>鹿央町

 鎌倉期に見える別符名。山鹿郡のうち。建久末年頃成立の「八幡宇佐宮御神領大鏡」(到津家文書/大分県史料24)の国々散在常見名田の肥後国の項に,「山香南郷石原別符 田数 宮召物 件別符大宮司公則之時,本領主負物之代弁済之由,大宮司公通之請載于新券状也,但公則以後無相伝之譲状歟,是以神領仁寄進之,許号宮司之私領歟,或証文云,件地椿講師栄賢之私領也,為国領之間,為被免除国役,奉寄宇佐御領,其後為半不輸之神領,而以保元三年,自永源之手養子藤原成平譲得之」とあるのが初見。文意不明瞭であるが,12世紀前半に国役免除の半不輸の宇佐宮領となったことが知られる。なお天文2年8月3日の宇佐宮領注文(同前)には,「山鹿郡宇佐宮領南郷半不輸 石原五十五町」とある。しかし,これは「右,宇佐宮領根本注文如斯」とあるように,古帳の写と考えられ,当時まで同別符が維持されたことを意味するものではない。「山香南郷」はおそらく山鹿郡西部の菊池川左岸地域を指し,「石原」は「イワバル」と読み,現在の鹿央町岩原に比定されると思われる。岩原宇佐八幡宮は同別符の鎮守であったと思われる。王家領の大荘園山鹿(南)荘のなかに小島のような形であったものと判断される。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450186
最終更新日:2009-03-01




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