ケータイ辞書JLogosロゴ 牛深町(近代)


熊本県>牛深市

 明治31年〜昭和29年の天草郡の自治体名。大字は編成せず。明治40年の戸数1,645・人口9,548(男4,638・女4,910),田170町余・畑366町余(県統計書)。同年イワシの丸干,カツオ節の代用イワシ節の水産加工品を川端屋の屋号で知られる深川家が考案,同家の漁獲高は当町水揚げの約7割を占めた(県史近代)。同44年これまでの蒸気船による手こぎカツオ船の引き船に代わって,蒸気機関によるカツオ漁船(30t・25馬力)2隻を建造(同前)。世帯数・人口は,大正9年2,284・1万1,534(男5,751・女5,783),昭和10年2,563・1万4,165(男7,539・女6,626)。同15年巾着網が導入され,昭和5年にはこれまでのカーバイトから電気集漁灯による集漁法に変わった。同23〜25年にかけて本県はもとより全国的なイワシ漁業の根拠地となり,当時は巾着網50統,250隻,煮干製造納屋400軒を超え,全国各地から仲買商が集まった(同前)。同25年の「県市町村便覧」によれば,戸数3,791・人口1万9,434,田47町余・畑201町余・山林原野167町余,主な産業別人口は,農業767に対して水産業(漁業労働)2,641,製造業(水産物加工)1,361で,水産業都市となった。そのほか鉱業(牛深炭坑)222・建設業235・商業486・運輸通信業125・サービス業219・自由業125・公務員および団体243となっている。同29年の世帯数4,453・人口1万9,980。同年牛深市の町名となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450234
最終更新日:2009-03-01




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