ケータイ辞書JLogosロゴ 内田村(近世)


熊本県>菊水町

 江戸期〜明治22年の村名。玉名郡のうち。熊本藩領。天正18年7月8日の加藤清正判物(庄林文書/県史料中世5)には「於玉名郡……内田上村」と見え,庄林氏に宛行われている。また天正16年のものの写しと推定される慶長9年の検地帳(県立図書館蔵文書)では,田17町3反余・畠および屋敷9町3反余,屋敷筆数17,分米270石余となっている。なお寛永16年の田畑地撫帳(同前)には「内田源兵衛手永」と見える。村高は,「寛永郷帳」270石余,「正保郷帳」も同高でうち田211石余・畠59石余,「天保郷帳」298石余,「旧高旧領」411石余。「肥後国誌」では内田手永に属し,高382石余,小村に石塚村・出目村・古閑村・六反田村が見え,神社は和仁石大明神宮・赤子大明神宮など,寺院は浄土真宗東派金光寺,高瀬川には賃渡しの船渡しがある。氏神は内田吉見神社(赤子大明神宮)で,大永2年の勧請という。金光寺は寛永17年下津原村から移転。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田32町1反余・畑35町2反余,戸数103・人数483,馬94,日本形船6,物産は穀類のほか菜種・甘藷・芋・蘿蔔・柿・梅・楮皮・生糸・薪など,民業は農業89戸・大工職3戸・石工職2戸など。同22年川沿村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450256
最終更新日:2009-03-01




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