ケータイ辞書JLogosロゴ 小池(近代)


熊本県>益城町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ飯野村,昭和29年からは益城町の大字。明治24年の戸数220,人口は男603・女634。第2次大戦後,飯田山上の飯田集落は農作業や交通の便から,ふもとの木崎原に移住し,古屋敷となった。江戸期から熊本城修理瓦や一般向け目板瓦を製造した土山瓦師は大正末期頃より漸減し,現在数軒のダルマ窯を残すのみとなった。昭和35年揚水施設が完成。同46年県営圃場整備事業,同51年には秋永畑地灌漑工事(開田)が終わり,用排水路・農道・大圃場区画の整備および耕地の集団化・乾田化が図られ,裏作が可能になり,プリンスメロンをはじめとする蔬菜栽培による高収益農業が営まれている(小池・秋永誌)。米中心の主穀農業から,大正末期の煙草耕作,昭和32〜40年頃のブドウ・ミカン栽培(現在廃園),同35年頃からの酪農,同44年からのメロン栽培など多角的農業が進められている。同42年県の誘致企業として紡織工場が字八大に進出(同前)。同48年飯野地区簡易水道完成。揚水施設の完備や圃場整備により干害は解消した。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450399
最終更新日:2009-03-01




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