ケータイ辞書JLogosロゴ 大河内村(近世)


熊本県>芦北町

江戸期〜明治9年の村名葦北郡のうち吉尾川が支流岩屋川内川と合流する地点の右岸に立地熊本藩領村高は「旧高旧領」98石余寛永10年の人畜改帳によれば,屋敷数26・家数71,人数173人「肥後国誌」によれば田浦手永に属し,高94石余,「里俗大河内本村ト云」と見える当村の庄屋は岩屋河内・永谷・黒岩・上原・内ノ木場・海路・高田辺の各村を統轄した(肥集録/肥後国地誌集)また「肥後国誌」は辻堂のほか,銅山を記すこの銅山は,寛永14年試掘の記録があり,その後廃止と再掘を繰り返して大正末期まで続いた初期の採掘量は銅が月産2,500斤であったという(芦北町誌)熊本県,八代【やつしろ】県を経て,明治6年白川県に所属同7年岩屋河内村を合併同9年大岩村と改称
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450437
最終更新日:2009-03-01




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