ケータイ辞書JLogosロゴ 大塚村(近世)


熊本県>菊池市

江戸期〜明治7年の村名菊池郡のうち菊池川上流右岸の平野に位置する大塚遺跡や前方後円墳の大塚古墳がある熊本藩領村高は「旧高旧領」119石余なお慶長5年の検地帳(県立図書館蔵文書)では,高107石余うち田80石余・畠27石余「肥後国誌」によれば河原手永に属し,高114石余文化・文政年間の河原手永手鑑によれば,高114石余,請免はは71石余,竈数11・人数51,駄馬12(肥後藩の農村構造)用水は下簗磧から引いた夜間井手(広瀬古閑井手)を利用貞享3年大雨によって橋がすべて落ち,川原に干していた粟なども押し流されたまた同5年には火事により人家をすべて焼失,安永8年にも火災にあっている(島屋日記/菊池市教育委員会蔵文書)集落の東に氏神菅原神社が鎮座天保15年・嘉永元年に社殿再建という(菊池郡市神社誌)熊本県を経て,明治5年白川県に所属同7年長田村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450496
最終更新日:2009-03-01




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