ケータイ辞書JLogosロゴ 岡本(中世)


熊本県>岡原村

 戦国期に見える地名。球磨郡のうち。「八代日記」弘治3年8月16日条に「岡本落城」と見える。「求麻外史」によれば,同年上村頼興の死を契機にその子頼孝・頼堅・長蔵の3兄弟が反乱を起こしているが,この時,長蔵が岡本城主であったという。また,「八代日記」永禄3年4月25日条に「求麻岡本人体,ひた木(肥田木)安房守打候,御左右今日上聞候」と見え,前年の獺野原合戦の余波とも思われる。天文21年8月14日条には「岡本相模守(頼春)方於上村御成敗」とある。「求麻外史」によれば,上村頼興が前城主岡本頼春を殺害し,四男頼定(のち長蔵)を岡本地頭にしたという。なお建久8年閏6月日の肥後国球磨郡田数領主等目録写(相良家文書/大日古5‐1)に,人吉荘の地頭として「藤原季高 字合志九良」が見え,この人物を岡本家系図は同氏の祖としており,菊池系図では岡本・永里両城の城主であったとする(人吉市史)。なお,岡本・古町集落の南東,杉山が岡本城跡といわれ,30m×20mの楕円形状の平坦地が山頂に見られるほか,北側斜面に十数段の階段状地形が確認される。城跡に登る山道に馬廻しの呼称があり,山麓に殿谷・上陣内・後陣内・城崎・城下などの小地名も残る(城郭大系18)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450601
最終更新日:2009-03-01




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