ケータイ辞書JLogosロゴ 小里村(近世)


熊本県>阿蘇町

 江戸期〜明治22年の村名。阿蘇郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」286石余,「正保郷帳」も同高でうち田159石余・畠127石余,「天保郷帳」355石余。「旧高旧領」318石余。「肥後国誌」では内牧手永に属し,高245石余,神社は天満宮。また,地内の湯沼は湯牟田ともいわれ,草花が多く生じ,蒲は6月20日にとって同月26日の神事に用い,その後は農民にもとることを許していると記す。天保9年の村々調によれば,高316石,反別は田畑35町余,竈数30・人数129,牛馬53(史料阿蘇2)。江戸初期〜延宝8年まで藩の倉庫が置かれ,阿蘇地方各地や小国地方から上納米が搬入されてにぎわった。当地には宝暦5年〜明治初年まで古川園と称する塾が開かれ,年々数十人が教育を受けた(内牧小学校沿革史)。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。同22年内牧村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450667
最終更新日:2009-03-01




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