ケータイ辞書JLogosロゴ 魚貫村(近代)


熊本県>牛深市

 明治22年〜昭和29年の天草郡の自治体名。明治24年の戸数423,人口は男1,075・女975。同40年の戸数460,人口2,906(男1,490・女1,416),田73町7反,畑192町(県統計書)。天草で石炭産業が盛んになったのは,明治38年頃から大正期にかけて,主として海軍艦船燃料に利用されたためであった(県史近代)。同42年魚貫炭坑では不当解雇と賃金要求に関する労働争議が起こった(県史近代別巻)。世帯数・人口は,大正9年854・4,075(男2,104・女1,971),昭和10年601・2,982(男1,497・女1,485)。炭鉱動力に関しては,はじめ汲上げ竹ポンプ,明治25年頃からは蒸気によるポンプ排水,物資巻揚げと変化し,電気が使用されたのは昭和5年からであった(天草石炭概要)。昭和25年の「県市町村便覧」によれば,戸数1,001・人口4,964,田58町余・畑83町余・山林原野203町余,主な産業別人口は農業996・鉱業(炭鉱)874・水産業72,石炭の年間産出量は3万9,025t,産出額2,600万円となっている。同29年の世帯数1,023・人口5,236。同年牛深市の町名となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450709
最終更新日:2009-03-01




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