ケータイ辞書JLogosロゴ 小野田町村(近世)


熊本県>阿蘇町

江戸期〜明治12年の村名阿蘇郡のうち小野田新町村とも称した阿蘇高岳から蹴落ケ鼻に向かって北流する東岳川の西に位置する江戸末期までに小野田村から分村して成立熊本藩領村高は「旧高旧領」81石余「肥後国誌」では,小野田村の項に村名が見え,「新地方也」と記される江戸中期以後の開発と考えられ,天保9年の村々調によれば,高81石,反別は田畑12町余,竈数36・人数155,牛馬62(史料阿蘇2)急速に入植が行われたと推察される小野田地方から今町方面まで黒川の南岸一帯の平地は水利の便が悪く荒地が多かったが,正徳2年犬塚太次兵衛義元が阿蘇谷の内牧・坂梨両手永の用水方定役を命じられ,鹿漬【しつけ】川の水を用水路に掘り,引水して水田化したこの大事業により小野田・今町・小倉・内牧の各村々は,多大の恩恵を受けた地内に天神社がある熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属同12年小野田村の一部となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450731
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ