ケータイ辞書JLogosロゴ 小野鰐荘(中世)


熊本県>小川町

鎌倉期に見える荘園名八代【やつしろ】郡のうちか安貞2年8月5日の七条院(藤原殖子)処分目録案(東寺百合文書/鎌遺3771)に「御庄々卅五箇所」の1つとして「肥後国……少師鰐庄〈可被進宮〉」とあるが,同年月日の同目録案(同前/鎌遺3772)には「肥後……小野鰐庄〈可被止本所〉」とあり,「少師」は「小野」の誤写と考えられる当荘をはじめとする七条院領38か所は修明門院に譲られ,その後,当荘を含む17か所は四辻親王家(善成親王)に譲られ,他の21か所は亀山院に譲られた前者に見える「可被進宮」とは四辻宮に譲ることを示す文言であり,後者に見える「可被止本所」は本所四辻宮にとどめられたことを示している正和3年7月3日の春宮(尊治親王)令旨案(東寺文書/大日古10‐2)には「七条院御領十七ケ所」の1つとして「肥後国小野鰐庄」とあり,四辻入道親王が管領するよう伝えている当荘の立荘の経緯・時期などは不詳であり,荘域も地名から推して現在の小川町から城南町に及ぶ地域と推定されるが確証はないなお同5年3月日の性妙申状案(舛田文書/県史料中世3)を初見とする「小野庄」との関係も推定されるが,詳細は不明
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450734
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ