ケータイ辞書JLogosロゴ 片俣村(中世)


熊本県>産山村

 南北朝期に見える村名。阿蘇郡のうち。地名としては鎌倉期から見え,正慶元年11月22日の阿蘇社造営料鍛冶炭苫未進注文写(阿蘇文書/大日古13‐1)に「一,炭七駄 同苫二帖 ヲウリ カタマタ」とあり,当地は鎌倉期から阿蘇社の造営にかかわっていたことが知られる。南北朝期の建武元年5月24日の阿蘇大宮司家雑掌奉書写(同前/大日古13‐2)に「阿蘇社領大片俣御代官職事」と見え,当地の代官職を阿蘇品六郎入道に宛行っており,同2年6月8日の阿蘇大宮司家雑掌奉書写(同前)では,「阿蘇御領内片俣村為御恩所被宛行也」とあり,当村を阿蘇品六郎入道に宛行っている。下って文明16年8月28日の阿蘇十二社同霜宮最花米注文(同前/大日古13‐1)に「金凝御宮之分霜御宮同前」のうちに「一所かたまた〈ほんめとまり〉」と見える。なお現在産山村片俣の字名として残る杓田・梶尾・牧戸が,同注文に「一所ひしやく田〈ひるたはり〉……一所まきと〈二百文,まめ一斗〉一所かちかさこ〈二百文〉」とある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7450847
最終更新日:2009-03-01




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