ケータイ辞書JLogosロゴ 上妙見村(近世)


熊本県>菊池市

江戸期〜明治7年の村名菊池郡のうち合志【こうし】川中流右岸,花房台地と東から延びる丘陵に挟まれた谷間に集落を形成集落の南,立石に支石墓群があり,弥生中・後期の土器片が出土また後田横穴群などもある熊本藩領慶長4年の検地帳(県立図書館蔵文書)では,高116石余うち田30石余・畠86石余「寛永郷帳」などでは妙見村に含まれ,「旧高旧領」で村高148石余「肥後国誌」によれば河原手永に属し,高146石余,小村に上古閑がある文化・文政年間の河原手永手鑑によれば,高146石余,請免は84石余,竈数43・人数195,駄馬47(肥後藩の農村構造)氏神は集落中央に鎮座する妙見社(豊田神社)社記に元禄2年東七右衛門尉などが勧請とある「肥後国誌」には「按ニ八代郡白木社妙見宮勧請歟」とある小村上古閑には菅原神社があり,棟札に享和元年再建と見える(菊池郡市神社誌)熊本県を経て,明治5年白川県に所属同7年森北村の一部となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7451044
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ