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熊本県>菊陽町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ白水村,昭和30年菊陽村,同44年からは菊陽町の大字。集落は上辛川・辛川・井口・道明に分かれる。明治24年の戸数164,人口は男418・女399。古閑上にあった小学校は,明治22年戸次・馬場楠・曲手の小学校とともに合併され,曲手に白水尋常小学校として移転した(菊陽町勢要覧)。大正4年頃,馬場楠堰掛りの井手により飲料水その他一切の使用を弁じている戸数は辛川72戸・井口83戸(上益城郡誌)。武藤章陸軍中将は井口の出身で,墓地も当地にある。昭和28年の大水害で水田は甚大な被害を受け,白川の対岸を結ぶ津白橋・辛津橋も流失したが,同31年復旧竣工。同44年井口第一地区の畑地総合整備事業に着工,同47年完了。昭和46年,新熊本空港の開港に伴う道路が建設され,白水台地に広がる畑地の基幹農道も整えられた。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7451090
最終更新日:2009-03-01




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