ケータイ辞書JLogosロゴ 北小野村(近世)


熊本県>小川町

 江戸期〜明治22年の村名。下益城【しもましき】郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」338石余,「正保郷帳」も同高でうち田174石余・畠164石余,「天保郷帳」346石余,「旧高旧領」871石余。「肥後国誌」では河江手永に属し,高861石余,神社は山王権現宮で,古くは天台宗雲泉寺・悟真寺という宮寺2か寺があったと伝える。ほかに阿弥陀堂・観音堂・天神社などがある。郷土芸能おろろんべは,奉公娘姿の藁人形に絣の着物を着せ,子守り帯を締めて頬紅をつけた踊り手が人形におんぶされた格好で,哀調を帯びた子守歌にあわせて愛敬を振りまく。起源は,明和3年海浜に新地塘が再築された時に奉納されたとか,それ以前から溜池築造・浚渫・雨乞などに奉納され300年以上続いているとの説があるが不明。熊本県,八代県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属,同22年小野部田村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7451202
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ