ケータイ辞書JLogosロゴ 木野(中世)


熊本県>菊鹿町

 南北朝期から見える地名。菊池郡のうち。康暦元年と推定される7月17日付の阿蘇惟村の参陣を促す今川了俊書状写(阿蘇文書/大日古13‐2)に「菊池事ハ,陣の城・くま目の城・木野城などと,更々兵粮なき時分にて候間,此城々の通路ニつめより候ハゝ可落候条,案のうちの事ニて候」とあるのが初見。木野城は菊池氏庶流木野氏の本拠で,当時菊池氏の対今川勢の最前線であったが,永徳元年7月日の深堀時久軍忠状(深堀文書/県史料中世5)および同年月日の橘公安軍忠状(小鹿島文書/九州史料叢書28)などによれば,永徳元年4月今川仲秋のため落城した。同城跡は木野台地にあり,その東斜面にある水案山正教寺跡にあった天文20年11月銘の板碑に「大日本鎮西肥之後州菊池郡木野荘瑞安山彰考禅寺」と荘名が刻まれ,施主は宗珍であった(肥後国誌)。また,天文21・同22・永禄3年銘の板碑もあったが,いずれも現在は移動している。また江戸期の木野本分村の中央には,永正2年12月3日の肥後国諸侍連署起請文(阿蘇文書/大日古13‐2)の前書に見られる「和光松尾大明神」がある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7451262
最終更新日:2009-03-01




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