ケータイ辞書JLogosロゴ 西安寺村(近世)


熊本県>玉東町

 江戸期〜明治22年の村名。玉名郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」では「西安楽寺村」と見え337石余,「正保郷帳」も同高でうち田199石余・畠138石余,「天保郷帳」379石余,「旧高旧領」409石余。「肥後国誌」では小田手永に属し,高366石余,神社は白山権現(白山宮)・天照大神宮・九竜天神社で,白山権現の祭祀は当村の山伏円満院・智正院が勤めとあり,ほかに真言宗西安寺跡を記す。同書によると,西安寺は延応元年相良氏によって建立され,廃されてからは天台修験智正院が居住しており,一説には北条時頼の建立ともいう。玉名高校蔵の村上家文書によれば,天保8年白山宮社僧見寿院弟子の修験道僧を還俗させて当村人数のうちに加えるよう白山宮から願いが出され,許されている。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田18町5反余・畑49町9反余,戸数92・人数470,牛5・馬67,物産は穀類のほか甘藷・蘿蔔・午蒡・南瓜・茄子・柿・渋柿・梨子・郁杏・梅・櫨実など,民業は農業75戸・大工職3戸・木挽職4戸など。同22年山北村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7451745
最終更新日:2009-03-01




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