ケータイ辞書JLogosロゴ 下千田村(近世)


熊本県>鹿央町

江戸期〜明治8年の村名はじめ玉名郡,明治3年からは山鹿郡のうち千田川下流左岸に位置する熊本藩領村高は,「寛永郷帳」「正保郷帳」「天保郷帳」では千田村のうちに含まれ,「旧高旧領」で719石余「肥後国誌」では,中富手永中に千田村が2か村あり,うち1か村に「里俗下千田村ト云」と見え,高716石余,小村に浦ノ原があるまた文化11年の中富手永手鑑(肥後藩の経済構造)では,家数36・人数155,馬18とあり,医師1・造酒屋1・麹本手1も見える氏神は宮村聖母八幡宮地内には小堂2があり,それぞれ観音さん・虚空蔵さんと呼ばれる熊本県を経て,明治5年白川県に所属同8年千田村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7452062
最終更新日:2009-03-01




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